佐藤垢石 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
すっぽん 佐藤垢石 一 このほど、御手洗蝶子夫人から、 『ただいま、すっぽんを煮ましたから、食べにきませんか』 と、言うたよりに接した。 一体私は、年中釣りに親しんでいるので、いつも魚の鮮味に不自由したことがない。殊に爽涼が訪れてきてからは、東京湾口を中心とした釣り場であげた鯛、黒鯛、やがら、中鱸などの膾、伊豆の海の貝割りのそぎ身と煮つけ、かますの塩焼きなどを飽喫している。 また、川魚では初秋の冷風に白泡をあげる峡流の奥から下ってくる子持ち鮎の旨味と、木の葉山女魚の淡白にも食趣の満足を覚えていたのであった。そしてちかごろ、私が特に楽しかったのは立秋の後、越中の国八尾町から二、三里山中の下の名温泉に旅して、そこの地元を流れる室牧川で釣った鮎が、味香ともに、かつて私が知っている何れの川の鮎よりも一段と勝っていたことで、温泉の宿でこれを塩焼きと味噌田楽にこしらえて舌端に載せた味覚は、永く私の記念となろう。けれど、この頃魚漿の饗饌には少々飽いたような気がしている。なにか他の、豊美な滋味を味わってみたい、と一両日来、考えているところへ、蝶子夫人からのたよりであったのである。 すっぽんの濃羮は、昔
佐藤垢石
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