佐藤春夫 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
白鳥先生はわたくしにとつても最も思ひ出の深い人である。 わたくしが十六七で、所謂文学青年といふものになつて師父を悩ましはじめたころ、最も愛読した作家は、思へば独歩、白鳥、さうして荷風であつた。この三人とも当年、自然主義全盛の文壇で新進の花形であつた。いつの時代の文学青年もさうであるやうに、わたくしもほとんど何もわからないでこの三人の令名をそのまま信用してこれに心酔したわけであつた。独歩はその後いくばくもなく亡くなつたので、旧作を読み返すだけであつたが、白鳥、荷風はその後も、その新作が出る毎に必ず読んで白鳥は「紅塵」荷風は「あめりか物語」の処女集以来この二作家のものは作家の終生に及んだ。さうして、この後もわたくしに読書能力ある限りは、時々その全集を繙くに違ひない。 その間、荷風とは親しみ近づく機縁があつたが、近づき過ぎたためであつたか、歿後の今日では作品はともかく、この作者にはもう何らの愛着もなく、むしろ嫌悪を感ずるやうなあと味のわるい不幸な結果となつた(この事に就いてはまた改めて詳しく書くこともあらう)。 これに反して白鳥とは水のやうに淡い交であつたせいか歿後ますます畏敬し親愛を感ずる
佐藤春夫
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