式場隆三郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
夏目漱石は家人のすすめで、やむなく電話を買ったが、うるさいからといってしばらく受話器をはずさせておいたという。自分の方からはかけるが、人からの呼出しには応じないわけである。これは漱石の神経症状のみられたころの奇行として、重大な意味をもたせてよいものか、反対にユーモラスな悪戯として笑ってすませるべきだろうか。それとも単なるゴシップで、事実無根であったろうか。 電話に関する綺譚、怪談、悲劇も、かぞえあげたら一冊の本になるくらい多いだろう。私にも、ひとつ思い出がある。子供の頃うちで電話を買ったが、前の持主は事業に失敗した商人だった。彼はいよいよ明日は電話をはずされるという前夜に、その電話機に紐をかけて縊死してしまった。仕事のゆきづまりで、もうどうにもならなかったのであろうが、大切な電話を失うことも大打撃だったにちがいない。それだけでも不吉な電話なのに、番号が「四二番」で「死に」通じるのだった。この二重に不吉な電話は、私の家でも気味悪がってしばらくひきとらずにいたが、そのうちにやむなくひきとって、茶の間の押入の中につけられた。重い板戸のなかで、ジーン、ジーンと電鈴がなると、先の持主の恨めしそう
式場隆三郎
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