島崎藤村 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
千曲川のスケッチ 島崎藤村 序 敬愛する吉村さん――樹さん――私は今、序にかえて君に宛てた一文をこの書のはじめに記すにつけても、矢張呼び慣れたように君の親しい名を呼びたい。私は多年心掛けて君に呈したいと思っていたその山上生活の記念を漸く今纏めることが出来た。 樹さん、君と私との縁故も深く久しい。私は君の生れない前から君の家にまだ少年の身を托して、君が生れてからは幼い時の君を抱き、君をわが背に乗せて歩きました。君が日本橋久松町の小学校へ通われる頃は、私は白金の明治学院へ通った。君と私とは殆んど兄弟のようにして成長して来た。私が木曾の姉の家に一夏を送った時には君をも伴った。その時がたしか君に取っての初旅であったと覚えている。私は信州の小諸で家を持つように成ってから、二夏ほどあの山の上で妻と共に君を迎えた。その時の君は早や中学を卒えようとするほどの立派な青年であった。君は一夏はお父さんを伴って来られ、一夏は君独りで来られた。この書の中にある小諸城址の附近、中棚温泉、浅間一帯の傾斜の地なぞは君の記憶にも親しいものがあろうと思う。私は序のかわりとしてこれを君に宛てるばかりでなく、この書の全部を君

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