薄田泣菫 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
柚の木の梢高く柚子の実のかかっているのを見るときほど、秋のわびしさをしみじみと身に感ずるものはない。豊熟した胸のふくらみを林檎に、軽い憂鬱を柿に、清明を梨に、素朴を栗に授けた秋は、最後に残されたわびしさと苦笑とを柚子に与えている。苦笑はつよい酸味となり、わびしさは高い香気となり、この二つのほかには何物をももっていない柚子の実は、まったく貧しい秋の私生児ながら、一風変った秋の気質は、外のものよりもたっぷりと持ち伝えている。 柚子は世間のすねものである。超絶哲学者の猫が、軒端で日向ぼこりをしながら、どんな思索にふけっていようと、また新聞記者の雀が、路次裏で見た小さな出来事をどんなに大げさに吹聴していようと、彼はそんなことには一向頓着しない。赤く熟しきった太陽が雑木林に落ちて往く夕ぐれ時、隣の柿の木の枝で浮気ものの渡り鳥がはしゃぎちらしているのを見ても、彼は苦笑しながら黙々として頭をふるに過ぎない。そこらの果樹園の林檎が、梨が、柿が、蜜柑が、一つ残さずとりつくされて、どちらをふり向いて見ても、枝に残っているものは自分ひとりしかないのを知っても、彼は依然として苦笑と沈黙とをつづけている。彼は自

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