薄田泣菫 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
1・5(夕) 寺内内閣が壊れて、その跡へ政友会内閣が出来かゝるやうな運びになつて、総裁原敬氏の白髪頭のなかでは、内閣員の顔触が幾度か見え隠れしてゐた頃、今の文相中橋徳五郎氏の許へ、神戸にゐるお医者さんの桂田富士郎氏から一本の電報が飛込んで来た。 中橋氏は何気なく封を切つて見た。電報には、 「大臣になるなら文部ときめよ。」 と書いてあつた。中橋氏は二三度それを口のなかで読みかへしてゐるうち、嬉しさに覚えず綻びかゝる口もとを強く圧し曲げるやうにして気難しい顔を拵へた。実を言ふと、その二三日前から、中橋氏は今度の内閣には、主だつた椅子の一つが屹度自分の方に転げ込んで来るものと腹を定めてゐた。内務か、農商務か、逓信か。その中のどれでも差支がなく、二つ一緒なら猶好いとさへ思つてゐるらしかつたが、桂田氏の電報には思ひがけなく「文部ときめよ」と書いてあつた。 「文部か。文部なら俺でなくたつて――それに第一乾児の者が承知せんよ。」 中橋氏は不足さうに独語を言つた。そして自分が間違つて文部にでも入つたら、乾分の山岡順太郎氏などは、あの兜虫のやうな顔をしかめて、屹度呟き出すに相違ないと思つた。 その翌る朝

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