高浜虚子 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
震災ずっと以前のことであった。今はもう昔がたりになったが、あの小さい劇場の有楽座が建ったはじめに、表に勘亭流の字で書かれた有楽座という小さい漆塗りの看板が掛っていたのに、私は奇異の眼をみはった事があった。この有楽座というのは、その頃はまだ珍しい純洋式の建築であった。どこを探しても和臭というものはなかったが、独りこの勘亭流の字だけに従来の芝居の名残をとどめていた。私は暫くその勘亭流の字を眺めていたが、やがて心の中でこう思った。これが奇異に私の眼にうつるのはホンの少しの間であろう。この不調和はすぐ時が調和する、時の流れはどんな不調和に感ずるものでもきっと調和させずにはおかないと。 帝劇の屋根の上に翁の像が突っ立っていたのも同様であった。(震災前)はじめは何だか突飛な感じがしたがしかし直ぐ眼に馴れた。汽車の中から見るときでも、多くの直線的なルーフの中に独りこのまんまるこい翁の立像を見るときに、私の心は軟かになるのを覚えた。はじめ奇異に思った感じは、時の過ぎ行くと共に取り去られて、後には不調和どころか調和しきって何の不思議も感じない様になった。 丸ビルは建った当時はすばらしく大きな洋式な建物が
高浜虚子
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