高見順 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
赤羽の方へ話をしに行つた日は白つぽい春の埃が中空に舞ひ漂つてゐる日であつたが、その帰りに省線電車の長い席のいちばん端に私が腰掛けて向うの窓のそとのチカチカ光る空気にぼんやり眼をやつてゐるといふと、上中里か田端だつたかで、幼な子を背負つたひとりの若い女が入つてきて手には更に滅法ふくらんだ風呂敷をさげてをつた。そこで席を譲つた私であつたが、このごろ幼な子となるとこの私としたことが、きまつておのが細頸を捩ぢ曲げたり或は長い頸をば一層のばしたりしてまでその幼な子の顔をのぞいてさうしてそのあどけなさをば、マア言つてみりや蜂が騒々しく花の蜜を盗むみたいになんとなく心に吸ひ取り集めないではゐられないのであつたから、そのときもその幼な子に遽しく眼を向けたことは言ふまでも無いのだ。どうやら眼が見え出してからやつと一二月位にしかならないと察せられるその子は、眼と眼とのあひだのまだ隆起のはつきりしない鼻の上ンところに、インキのやうな鮮やかな色合ひの青筋を見せてゐて、そのせゐもあるんだらうが、総じて脾弱な感じで顔色もこつちの主観からだけでなく病弱の蒼さと見られ、さういふ子にはなほのこと親ならぬ私ながらいとしさ
高見順
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