武田麟太郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
現代詩 武田麟太郎 とにかく自分はひどく疲れてゐる。朝から数度にわたつて解熱剤を服んで見るが、熱は少しも下らない。もつとも、この熱さましの頓服と云ふのは、銭惜しみする妻が近くの薬局で調合させた得態の知れぬ安物なので、効き目なぞ怪しいのだらう。よけい頭ががんがんと痛むし、咽喉がつまつたやうでいくら咳いても痰が容易に切れない。不愉快である。さきほど、やつとうとうとして眠りかけると母親が部屋に入つて来て起されて了つた。彼女は気兼ねして足音忍ばせ階段を昇つて来たのだが、安普請では自分でもびつくりするほどぎしぎしと軋むのだ。隣家の階段を歩く音さへ、こちらのことのやうに伝はるのだから仕方がない。物音を立てなくとも、極めて神経過敏な自分は、誰か入つて来ればその気配ですぐに眼ざめて了ふ。眼をあけると、母親の小さな顔が恐しいばかりに真剣な表情で真近くのぞき込んでゐるのだ。自分はたちまち不機嫌さうに眉をしかめて、ぐつしよりと湯気を立ててゐる胸の汗を拭いた。 「――いけないか、どうだらう、お医者に診て貰つたら」 自分は黙つて首を振つた。 「――かつ子にお医者を呼ぶやうに云つたんだが、亭主が病気なのにいつもよ
武田麟太郎
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