橘外男 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
手紙の形で書かれてあるし、書いた本人は毒を呷って死んでいるのだから、おそらく遺書だろうとは思うのだが、発見した場所が場所だから、どうもその点がハッキリせぬ。 もし仮に遺書だとしても、果してその中込礼子という、婦人に宛て送るつもりで書いたのか、書き終ったら気が変って、そのままうっ棄って置いたのか? それともこれを下書きにして、もう送ってしまったのか? そういう点が、一切不明である。 ともかく革表紙、仏蘭西仮綴じの立派なノートである。そのノートに、ペンでビッシリと書いてある。それが表紙を食い破られ、角々を噛じられ、鼠の糞埃まみれになって出て来たのだから、刑事はフウムと小首を傾けた。 最初の頁には、子供のいたずら書きのように、右から左から横から斜めから、ただ中込礼子さま中込礼子さまと、七つ八つくらいも書いてあったろう。遺書か、自分の悶々の情を、散ずるための気晴らしか? その点はハッキリせぬが、いずれにせよその中込礼子という、女性を思い泛べながら、書いたものであろうということだけは、確実である。 それともう一つは、筆が渋って苦悶して、その間無意識に中込礼子礼子と書いているうちに、やがて堰を破っ
橘外男
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