田中貢太郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
黄金の枕 田中貢太郎 辛道度は漂泊の旅を続けていた。着物は薄く懐中は無一物で、食物をくれる同情者のない時には水を飲んで餓えを凌ぎ、宿を貸してくれる処がなければ、木の葉を敷いて野宿をした。そうした窮乏の中にあっても、彼は決して気を腐らさなかった。彼の前途には華やかな着物を着た幸福が見えていた。要するに彼は若かった。 雍州城の西門から五里ぐらい北の方へ往った。侘しい夕方であった。道度はその日も朝から水以外に何も口にしていないので、物をくれそうな素封家の家を物色して歩いた。畑の中や森陰に当って、民家の屋根がぼつぼつ見えていたが、入って往こうと思うような家はなかった。しかし、そんな目に毎日のように逢っている彼は、別にあわてもしなければ悲観もしなかった。今にどこかいい処が見つかるだろうぐらいの気もちで、平気な顔をしてのそのそと歩いた。 ちいさな野川の土橋を渡って、雑木の黄葉した台地の裾について曲って往くと、庁館がまえの大きな建物が見えてきた。 「やっといい処が見つかったぞ」 道度はその門の方へ往った。門口に女中らしい女が立っていた。あたかも彼が往くのを待っていてくれるように。 道度は女の前へ往っ
田中貢太郎
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