田中貢太郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
京都西陣の某と云う商店の主人は、遅い昼飯を喫って店の帳場に坐っていると電話のベルが鳴った。主人は己で起って電話口へ出てみると聞き覚えのある声で、 「あなたは――ですか」 と云ってこちらの名前を聞くので、 「そうです、あなたはどなたです」 と聞くと、 「わたしは○○です」 と云った。それは主人の弟で支那へ往っているものであった。主人は喜んで、 「お前は帰ったのか」 と云って聞くと、弟は、 「わたしは病気になって、今、長崎の――旅館へやっと帰ったところです、兄さんに、是非会いたいから、どうかすぐ来てください」 と云ったかと思うと電話は断れてしまった。主人は病気の模様を聞きたいと思ったが、電話が断れたので残念でたまらなかった。しかし、病気ですぐ会いたいと云うからには、すぐ往ってやらなくてはいけないだろうと思って、電話口を放れたところで、番頭の顔が見つかったので、 「支那へ往ってた弟が、病気で長崎まで帰って、すぐ来てくれって電話がかかって来たから、これから往って来る、後をよく気を注けてくれ」 と云った。すると番頭が変な顔をして主人の顔を見返した。 「長崎へ電話が通じておりますか」 その時は明治
田中貢太郎
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