田山花袋 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
× 水野仙子の集が、今度叢文閣から公にせられることゝなつた。喜ばしいことである。かの女は純粋に『文章世界』をその故郷にして、そして文壇に出て行つた人である。私は『暗い家』だの、『お寺の児』だの『徒労』などを思ひ出さずには居られない。 純な、正直な性質と、真面目な気分と、飽まで進んで行くべきところに進んで行く心と――。 私の家には、一年とはゐなかつた。五月に来て、十二月には、もう別な家を代々木の奥の、林に近いところに持つてゐた。狭い二間きりの家、松の音の常にきこえるやうな家、八ツ手の葉のバサバサする家、そこに私はかの女を置いて見ることが好きだ。無邪気の文学書生として、専念に芸術に熱中した娘として。私はその時分、よく出かけて行つては言つた。『好いぢやないか。かうして、静かに、専念に、芸術に耽り得るといふことは――。なまなか、実人生に触れるよりは、落附いてゐて、何んなに好いか知れない』 しかし、矢張、触れずにはゐられなかつた実人生であつた。私はその時かの女がもう少しさうして落附いてゐることを何んなに望んだか知れなかつた。もう少し丈夫な羽翼の生へるまでは、自分から自分を護る事の出来る力の湧き出
田山花袋
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