壺井栄 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
しんどい。 火のない掘ごたつに向いあったまま、老夫婦はだまりこんでいた。思いは一つなのだが、今はそれを口に出して云いあう気力もない。ほかにだれがいるというわけでもないのだから、今こそ、ぶちまけた相談をしてもよい筈なのだし、しなければならない時なのに、言葉が出てこない。今更、あれこれとたしかめあう必要もないといえばないのだが、ぐっと勇気をふるって腰の骨をのばさねばならないような事態に、改めて直面してみると、やっぱりしんどさが先きに立つ。年寄りらしくぜい肉を落しきったような痩せた夫は、白髪の交った眉毛を、くぼんだ眼のまぢかに寄せて、巻煙草をつまんだまま火もつけず考えこんでいる様子だし、人並はずれに太っている妻は、こたつ板に頬杖をついたまま放心したようにまばたきもしない。よっぽどしんどいらしい。 やがて夫がつぶやいた。 「虫が鳴いてる」 妻は暗い部屋に気がついたが、あかりをつけに立つのも大儀だった。近年病気がちの妻は、こんなとき一そうからだが重たくなるのだった。いつもなら身軽な夫が用を足してくれるのだが、その夫も今日は立ち上ろうとしない。そしてまたつぶやく。 「虫が鳴いたりすると、よけいかな
壺井栄
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