豊島与志雄 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
失策記 豊島与志雄 一 外出間際の来客は、気の置けない懇意な人で、一緒に外を歩きながら話の出来る、そういうのが最もよい。ところが、初対面の、どういう用件か人柄かも分らず、ふだんなら面会を断るかも知れないようなのを、外出間際だからちょっと……という気持で、座敷へ通したりなんかすることがあるから、奇妙だ。 或る時、そういう場合のそういう来客があって、座敷へ行ってみると、四十近い年配の、洋服を着た紳士で、室の入口に端坐している。私は席に就いて、一通りの挨拶を済ましたのだが、さて、その紳士、四角い卓子の角のところににじり寄ったきりで、幾ら招じても座布団を敷こうとせず、洋服の膝もくずさず、茶にも煙草にも手を出さず、謂わば鞠躬如として眼を伏せている。そして、「御多忙のところを……御閑静なお住居で……お天気も……先生には……。」などという言葉で、而もその「先生」という語調が、如何にも他処行きの聞き馴れない響きを帯びている。 そんなのは、一番苦手だ。苦手は敬遠するに限るので、私はだんだん席をずらして、卓子の角の方へ退いてゆく。話の間に、何度か、「どうぞこちらへ。」と招じたのだが、相手が動こうとしないの
豊島与志雄
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