豊島与志雄 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
大きな工場のかたすみに、倉庫があります。倉庫の裏口には、鉄の戸がしまつてをり、その上に長いひさしが出てゐます。 そのひさしの下に、十六七さいの少年が、靴直しの店を出しました。店といつても、名ばかりです。靴直しのだうぐと、革のきれはしと、こしかけになる木の箱だけです。 そのへんには、工場や、会社が並んでゐて、靴をはいた人たちがたくさんゐます。でも、この少年に靴直しをたのむ者は、一人もありませんでした。夕方になると、少年はだうぐをしまつて、すご/\とかへつて行きました。 あくる日、少年は、また、朝からやつて来ました。やはり、お客は一人もありません。少年は、べんたうをたべただけで、一日じつとしてゐて、かへつて行きました。 その、あくる日も、おなじことでした。 四日目の朝、工場の倉庫がゝりの人がやつて来て、少年に話しかけました。 「君は、毎日こゝに来てゐるやうだね。」 「えゝ、こゝが気にいつたのです。長いひさしが出てゐますから、雨が降つても、こゝなら仕事が出来ます。」 倉庫がゝりの人は笑ひました。 「雨が降つても来るつもりかい。だつて、お客は、一人もないではないか。」 「あるまで待つてゐます。
豊島与志雄
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