豊島与志雄 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
古井戸 豊島与志雄 一 初めは相当に拵えられたものらしいが、長く人の手がはいらないで、大小さまざまの植込が生い茂ってる、二十坪ばかりの薄暗い庭だった。その奥の、隣家との境の板塀寄りに、円い自然石が据っていた。 「今時、これほどの庭でもついてる借家はなかなかございませんよ。それですから、家は古くて汚いんですけれど、辛棒して住っておりますの。」 「そうですね。手を入れないで茂るに任してあるところが却って……。それに、あの奥の円い石が一寸面白いですね。」 そんな風に、彼は主婦の房子と話したことがあった。 その円い自然石の側に、梅雨の頃、いつとはなしに、軽い地崩れがして穴があき、それが次第に大きくなっていって、流れこむ雨水をどくどくと、底知れぬ深みへ吸い込んでるようだった。 「片山さん……こんな大きな穴が……。いつ出来たのでしょう。」 梅雨あけの爽かな朝日を受けて、房子が箒片手に、こちらを振向いていた。 「今気がつかれたんですか。呑気ですね。」 縁側から庭下駄をつっかけて、彼はわざわざやって行った。 が、よく見ると、石の側にぱくりと口を開いて、斜めに深くおりていってる穴は、広さはさほどでもない
豊島与志雄
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