豊島与志雄 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
真夜中から黎明まで 豊島与志雄 時の区劃から云えば、正子が一日と次の日との境界であるけれども、徹夜する者にとっては、この境界は全く感じられない。彼にとっては、午前二時頃までは前夜の連続である。遠い汽笛の音、空気の乱れ、何かしら動いてるもののどよめき、一日の生活の余喘、……それらのものが大気中に漂っている。試みに戸外へ出てみよ。星の光はまだ人に親しみの色を帯びており、街路の空気には人の息が交っていて、帰り後れた飄々乎たる人影が犬と共に散在している。 そして午前二時頃から、深い沈黙と睡眠とが万象の上に重くのしかかってくる。凡て夜を徹する人々が――遊戯に心奪われてる者や仕事に縛られてる者などを除いて――何となく起きてるのを堪え難く感じだすのは、この時である。四五の友人相集って談笑しているうちに、ふと言葉が途切れ心が沈んで、薄暗い影に鎖されるのは、この時である。地上のあらゆるものが鳴をひそめ息を凝らして、石のように冷く固く沈黙してしまい、空気が重々しく淀んでき、星の光が空の奥深く潜んでいく。そしてこの死のような静寂のうちに、天と地とに跨る大きな影が垂れ罩めて、月のある夜は月の光を、月のない夜は
豊島与志雄
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