中勘助 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
今から十八年前の秋、ひとりであの島ごもりをしてたときに私は九州へかたづいてる妹が重体だという思いがけない知らせをうけとった。私は涙をうかめたけれども島を出ようとはしなかった。そのときそんな気もちでいたのである。ところが妹の容態はその後いくらか見なおして床についたままではあったがつぎの年の夏までもちこたえた。左にかかげる小品はその夏妹が私にあいたがってるということをきいていよいよ望みがなくなった彼女を嫁いり先へ見舞ったとき、たぶんその死後間もなくなおまざまざしい記憶と生前枕べでの手控えをたよりに思い出ぐさにもとおもって書いておいたものである。 来てみたら妹は見るかげもなく痩せていた。前ぶれをしなかったのでどんなに驚くだろうと思ったが、驚きもし喜びもするはずのところを極度の衰弱のために目にみえるほどの興奮も示し得ずに――かような不随意的な無表情はそののち私も病気で衰弱したおりに親しく経験したことである――ただひと晩じゅうほとんど眠らなかった。妹は痩せたために顔がわりがしていた。どちらかといえば細かった目がぱっちりとして切れがながくなり、おとなしく小さかった口が一の字にしっかりと結ばれて、笑
中勘助
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