永井荷風 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
わが発句の口吟、もとより集にあむべき心とてもなかりしかば、書きもとどめず、年とともに大方は忘れはてしに、おりおり人の訪来りて、わがいなむをも聴かず、短冊色帋なんど請わるるものから、是非もなく旧句をおもい出して責ふさぐことも、やがて度重るにつれ、過ぎにし年月、下町のかなたこなたに佗住いして、朝夕の湯帰りに見てすぎし町のさま、又は女どもと打つどいて三味線引きならいたる夜々のたのしみも、亦おのずから思返されて、かえらぬわかき日のなつかしさに堪えもやらねば、今はさすがに棄てがたき心地せらるるものを択みて、老の寐覚のつれづれをなぐさむるよすがとはなしつ。 昭和丑のとし夏五月荷風散人
永井荷風
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