中島哀浪 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
秋というと生まれた川久保を思い、川久保を思うと累々と真赤に熟れた柿が目の前に浮んで来る。家の周囲は幾反かの広い畑で、柿の樹が二十本あまりも高々と茂っていて、その大部分は伽羅柿と呼ぶ甘味、多漿の、しかも大果、豊生の樹であった。一体に北山つきの村々は柿を多く産するのであるが、川久保のは特に優良といわれ、その中でも「お宅さまのはぜひ私に」などと青物仲買の商人達が先を争っていたことを思い起すと、よほどうまかったにちがいなかった。同じ村内でもそこの土壌の質によって柿の甘さに著しい甲乙があった。 ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく と、彼の啄木は歌っている。もし私が多感性な啄木の若さであったなら「ふるさとの秋はなつかしこの町の店に並べる柿見つつゆく」と歌うかもわからないが、もう頭がはげて、子供がすでに啄木の感傷の甘さに満足しない位だから、滅多には歌も詠めなくなったと、人に話したことだった。 柿もぐと樹にのぼりたる日和なりはろばろとして背振山見ゆ この歌は川久保の秋を歌った作の中で一番よく私の知人達に愛誦されるのであるが、この外に 見きはめてわがもぐ柿はみなうましこの山里に生ひた
中島哀浪
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