長塚節 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
或田舍の町である。裏通の或一部を覗くと洗張屋が一軒庭へ布を張つてあつて其庭先からは青菜の畑があるといふので、そこらをうろつくの群が青菜の畑へ出るとほう/\とを追ふ百姓の叱り聲が聞かれる。春になると其の畑からさうしてそこらあたりに隱れて居た青菜が一時に黄色な頭を擡げてすつと爪立てをしてそれから白桃の花が垣根に咲いて、洗張屋は庭の短い青草に水を滾しながら引つ張つた布を刷毛でこすつて居る、とかういふ町の或横町である。其角に破れた酒藏が悲しげに立つて居る。此藏を建てた老人が太い木の杖を突いて乞食のやうな姿で歩いて居たのはまだ近い過去のことである。酒の仕込時といふと勿論冬の季節であるが、大竈の前へ筵を敷いてそこへごろりと成つた儘蒲團を一枚かぶつて夜を明すといふ位であつた。それが一旦眼を瞑つたら非道な金貸に其藏はそつくり奪はれてしまつた。其後金貸は自分が招いた或事件の爲めに苦役に服して長い間入牢して居るので酒藏へは手のつけるものも無い。草が蓬々と生える。瓦はこける。壁は崩壞する。大桶が幾つとなく壁の崩壞した所からあり/\と見える。丁度腐骨瘡といふ病に罹つたらこんな姿であらうかと思ふ程凄じい形である
長塚節
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