中原中也 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
人性の中には、かの概念が、殆んど全く容喙出来ない世界があつて、宮沢賢治の一生は、その世界への間断なき恋慕であつたと云ふことが出来る。 その世界といふのは、誰しもが多かれ少かれ有してゐるものではあるが、未だ猶、十分に認識対象とされたことはないのであつた。私は今、その世界を聊かなりとも解明したいのであるが、当抵手に負へさうもないことであるから、仮りに、さういふ世界に恋著した宮沢賢治が、もし芸術論を書いたとしたら、述べたでもあらう所の事を、かにかくにノート風に、左に書付けてみたいと思ふ。 一、「これは手だ」と、「手」といふ名辞を口にする前に感じてゐる手、その手が感じてゐられゝばよい。一、名辞が早く脳裡に浮ぶといふことは、尠くも芸術家にとつては不幸だ。名辞が早く浮ぶといふことは、「かせがねばならぬ」といふ、二次的意識に属する。一、そんなわけから、努力が直接詩人を豊富にするとは云へない。一、面白いから笑ふので、笑ふので面白いのではない。面白い限りでは人は寧ろニガムシつぶした顔をする。やがてニツコリするのだが、ニガムシつぶした所が芸術で、ニツコリする所は既に生活であるといふやうなことが云へる。一、
中原中也
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