沼井鉄太郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
黒岩山は鬼怒川峽谷の川俣温泉を根據地として黒澤を遡れば達せられるだらうといふ事は、當然誰にも豫想されるし、又時間の上から云つても最も便利な順路に違ひないが、實川の谷から取付くといふ事が數年來の私の希望であつた。其れには檜枝岐村を發足地とするの他はないが、其の奧深き里までは日光―川俣温泉―引馬峠―と結び付けるのが捷徑である。 大正九年の十月二十八日午後十一時といふに、上野から北行の列車に乘り込む。豪く混むので一睡も出來ず、此頃は常も連になる岩永良三君、名越徹君と退屈をカードにまぎらす。宇都宮で下車、曉の六時迄四時間といふものは時ならぬ無料宿泊である。 漸く日光へ、其れから電車を利用して馬返へ來ると、其の邊の紅葉が眞盛なので、山奧へ行つて林間酒を暖める體の風流はあきらめる。不動坂は通過する毎に氣樂になつて、氣さくな遊客の愚問にも別に苦しまない。劒が峰、五郎兵茶屋などで手間を取つたので、中宮祠で鱒の天丼を平らげたのは午後一時の頃であつた。天幕、毛布、防寒具の類を、三つのルックザックに分けて負うたのだが、かなりの重さで中々こたへる。晴れてゐた白根が曇る頃ほひ、龍頭瀧で休んで赤沼ッ原へ、そして三
沼井鉄太郎
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