長谷川時雨 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
あるとき 長谷川時雨 むさしのの草に生れし身なればや くさの花にぞこころひかるる と口ずさんだりしたが、 「わたしの前生はルンペンだつたのかしらん。遠い昔、野の草を宿としてゐて、冷こんで死んだのかもしれない。それでこんなに家のなかにばかりゐるのかしら?」 門を一足出て、外の風にあたると、一町も千里もおんなじだと氣が輕くなつてしまふのにと、いふと、出おつくうがる性なのを知つてゐるものは手を叩いて笑つた。 今朝ふと、雨上りの草の庭を眺めてゐて、海をおもつた。それも涯しないひろい大洋が戀しくなつたのだ。 昨日のはなしの折にも、私は毎年繰返していつてゐる、秋には山へいつて、山の風に吹かれてくるのだと、今年も出來ない相談であらうことを樂しく語りながら、高原に立つて秋草を吹き靡かす初秋の風に身をまかせて、佇んでゐる自分を描き、風の香をなつかしんでゐたのだ。足を勞さないで、居ながらに風景を貪る癖からなのか、それとも、空ばかり眺めくらしてゐた太古の、前生人からの遺傳か、それこそ一足から千里も飛ぶやうな空想が、私にはなかなか役にたつ遺産で、私の心を、役の行者のやうに、雲にして飛ばしてくれる。 しかし洋の
長谷川時雨
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