林芙美子 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
多摩川 林芙美子 あまり暑いので、津田は洗面所へ顏を洗ひに行つた。洗面所には大きい窓があつたが、今日はどんよりして風ひとつない。むしむしした午後である。 「津田さん、お電話ですよ」 津田が呆んやり窓の外を眺めてゐると、女給仕が津田を呼びに來た。オフイスへ戻つて卓上の電話へ耳をあてると、 「津田さん? 津田さんでいらつしやいますか?」 と、女の優しい聲がしてゐる。 「私、くみ子です……御無沙汰してをります。今日、東京へ出て參りましたの……」 初めは誰かと耳をそばだててゐた津田の瞼に、かつてのくみ子の顏が大きく浮んで來た。 「あのね、いま、私、丸ビルまで來てゐますの、下の竹葉で御飯を食べたとこなんですけど、ねえ、あの、一寸、お會ひ出來ませんでせうか?」 「…………」 「怒つていらつしやる? ごめんなさい、――でも、お會ひして、色々聞いて戴きたいンですの……」 津田は腕時計を眺めた。丁度二時だ。いまごろのんびりと晝飯を食つてゐるくみ子の樣子を考へて、津田は何だか不快な氣持ちだつたが、それでも久しく逢はないくみ子に、何となく自分も逢ひたい氣持ちである。 「珍らしいこともあるもンですね。――ぢや
林芙美子
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