林芙美子 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
崩浪亭主人 林芙美子 砂風の吹く、うそ寒い日である。ホームを驛員が水を撒いてゐる。硝子のない、待合室の外側の壁に凭れて、磯部隆吉はぼんやりと電車や汽車の出入りを眺めてゐた。 靴のさきが痛い。何だか冷たいものでも降つてきさうな空あひで、ホームの中央に吊りさがつてゐる電氣時計は、四時を一寸廻つて、四圍はもう昏さをたゞよはせて、如何にもあわたゞしい。若いうちは、中途半端な事に何の怖ろしさもなく、無性に自信を持つてゐたものだけれども、もう、五十の年をきいては、中途半端でゐる事は何よりも不安至極で、人間として少しも値打ちのないやうな空白を感じてくる。この懷つぶさに云ひがたしで、隆吉は、刻み煙草に火をつけながら、ぽつぽつ家へ戻らうかと思つた。 磯部隆吾が、滿洲から、妙子を連れて引揚げて來たのは、一ヶ月ほど前であつた。誰一人身寄りもない日本ではあつたけれども、戻つてみると、故郷はありがたい。古い袷に手をとほしたやうなぬくぬくとしたものを感じた。妻の糸子は甲州のかじかざはと云ふところの生れださうだけれども、これとても、子供の頃に東京へ出て來てゐたので、そのかじかざはと云ふところの名前が、どんな文字で書
林芙美子
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