原民喜 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
コレラが流行り出した。コレラはもう四五町先までやって来た。胃腸の弱い彼はすっかり神経を鋭らせた。買はないと云ふのに魚屋は毎日勝手口からやって来て、お宅の井戸は、と賞めながら勝手に水を飲む。用事もない奴等が出入りする度に彼は冷々した。到頭、我慢がならないので、 コレラ流行につき無用の者出入りすべからずと一筆貼り出した。 すると翌朝、巡査と医者がやって来た。「御宅に病人があるさうですが……」と二人は彼がまだ寝てゐるところへどかどか侵入して来た。「患者と云ふのはあなたですな。」と医者は彼を一目で判断した。 「いや、僕は胃腸が悪いことは事実ですが、まだコレラには罹ってゐませんよ。」と彼は拙く弁解した。 「それでは一つ規則ですから避病院へ入って貰ひませう。」と巡査が云ふ。 「ハハハ、一体僕がどうしてコレラなのかしら。」 「駄目だ、匿したってちゃんとこちらにはわかってる。さあ入院の支度し給へ。」 「詳しい診断はとにかく避病院へおいでになってからにしませう。」と医者も急かす。彼の女房はわーと泣き出した。そのうちに自動車が迎へに来る。彼は啜泣く女房と二人で自動車に乗ると、窓から見る暑い街のアスファルト
原民喜
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