久生十蘭
久生十蘭 · 日本語
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久生十蘭 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
左きき 「こりゃ、ご書見のところを……」 「ふむ」 書見台から顔をあげると、蒼みわたった、鬢の毛のうすい、鋭い顔をゆっくりとそちらへ向け、 「おお、千太か。……そんなところで及び腰をしていねえで、こっちへ入って坐れ」 「お邪魔では……」 「なアに、暇ッつぶしの青表紙、どうせ、身につくはずがない。……ちょうど、相手ほしやのところだった」 「じゃア、ごめんこうむって……」 羽織の裾をはね、でっぷりと肥った身体をゆるがせながら、まっこうに坐ると、 「御閑暇なようすで、結構でございます」 こちらは、えがらっぽく笑って、 「おいおい、そんな挨拶はあるめえ。……雨が降りゃア、下駄屋は、いいお天気という。……おれらは忙しくなくっちゃ結構とは言わねえ」 「えへへ、ごもっとも。……どうも、この節のようじゃ、ちと、骨ばなれがいたしそうで……」 「これ見や、捕物同心が、やしきで菜根譚を読んでいる。……暇だの」 引きむすぶと、隠れてしまいそうな薄い唇を歪めて、陰気に、ふ、ふ、ふと笑うと、書見台を押しやり、手を鳴らして酒を命じ、 「やしきでお前と飲むのも、ずいぶんと久しい。……まア、今日はゆっくりしてゆけ」 一
久生十蘭
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