久生十蘭
久生十蘭 · 日本語
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久生十蘭 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
一 「兄さん、あたしは、困ったことになりはしないかと思うんですがね。ピエールは、きのうも、あのお嬢さんと二人っきりで話していましたよ」 海風でしめった甲板の上を大股で歩きながら、エステル夫人が、男のようなしっかりした声で、こういう。薄い靄のなかで、朝日がのぼりかけようとしている。 「あたしも、あのお嬢さんのいいところは認めます。でも、あなたのこういうやり方には、あまり賛成できませんね。……これじゃ、まるで、騒ぎの起きるのを待ってるようなもんだ」 アマンドさんが、厚い首巻きのおくで、はっきりしない声をだす。 「それは、いったい、どういう意味だね」 船尾までゆきつく。 そこで、くるりと廻れ右をして、白髪頭を二つ並べながら、また戻って来る。 「ピエールが、あのお嬢さんを好きになったらどうします」 「ありそうなこったね。……白状するが、わしもあのお嬢さんがだいすきだ」 「そんなことは、聞かなくってもわかっています。あなたの日本心酔は並大抵じゃないんだから。……しかし、それは、あなたの趣味だけのことでしょう。ともかく、そんなことのために、不幸な人間をひとりこしらえあげることは、あたしは反対です」
久生十蘭
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