久生十蘭
久生十蘭 · 日本語
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久生十蘭 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
一、虎は人を恐れ人は虎を恐る。ニースのランピヤ港を出帆したM・Q汽船会社の Bon Voyage 号は『三百法コルシカ島周遊』の粋士遊客を満載し、眠げなる波の夢を掻き乱しながら、シズシズと春の航海を続けてゆく。 するとここに、上甲板の日よけの下に座を占め、ミシュラン会社の二十万分の一の地図の上に額を集め、しきりに論判する男女二人の若き東洋人があった。男子なる方は、派手なゴルフ服に黒の風呂敷包みを西行背負いにし、マザラン流の古風なる筒眼鏡を小脇にかかえ大ナイフを腰につるし、女子なる方は乗馬服に登山靴、耳おおいのついた羅紗の防寒帽をかむり、消防用の鉞を帯びたという、華々しくもまた目ざましい装。 やがて、フランスの本土は、水天一髪の間に捕捉しがたい淡青色の一団となって消えうせようとするころ、海上風光の鑑賞にようやく飽き果てた同舟の若干は、物見高くも東洋人の周囲に蝟集し、無人島探険にゆくつもりであるか、とか、支那の戦争はまだやみませぬか、とか、口々にたずね始めた。男子なる方は、五月蠅きことに思ったのであろう。われわれはこれから、コルシカはタラノの谿谷へ虎狩りにゆくつもりであること。つまり、虎の
久生十蘭
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