久生十蘭 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
水草 久生十蘭 朝の十時ごろ、俳友の国手石亭が葱とビールをさげてやってきた。 「へんな顔をしていますね。どうしました」 「田阪で池の水を落とすのが耳について眠れない。もう三晩になる」 「あれにはわたしもやられました。池を乾して畑にするんだそうです」 「それはいいが、そのビールはなんだね」 「あい鴨で一杯やろうというのです。尤もあひるはこれからひねりに行くのですが」 田阪のあひるが水門をぬけてきて畑を荒してしようがないから、おびきだしてひねってしまうというはなしなのである。 石亭は田阪の一人娘とむずかしい仲になっていて、娘の継母が二人をこっそり庭で逢わせたりしていたということだったが、復員してくるとすっかり風向きがかわり、娘を隠したとか逃したとか、そういう噂をよそからきいていた。そんな鬱憤も大いに手伝っているのだと察した。 「釣針に泥鰌をつけておびきよせましてね、その場で手術刀で処理してしまうんです。中支ではよくやりましたよ」 そんなことをいいつつ尻はしょりをして出かけて行ったが、なかなか帰ってこない。 きのう田阪の女中が来て、誰かあひるを殺して藪の中におしこんでありましたんですがもしお
久生十蘭
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