古川緑波 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
十二階があったころの浅草、といえば、震災前のこと。中学生だった僕は、活動写真を見るために毎週必ず、六区の常設館へ通ったものだ。はじめて、来々軒のチャーシュウ・ワンタンメンというのを食って、ああ、何たる美味だ! と感嘆した。 来々軒は、日本館の前あたりにあって、きたない店だったが、このうまかったこと、安かったことは、わが生涯の感激の一つだった。少年時代の幼稚な味覚のせいだったかも知れないが、いや、今食っても、うまいに違いない、という気もする。 支那料理は、五十番や品芳楼もあったが、何と言っても来々軒が圧倒的だった。 今の松竹座の横、六区への道に、オーギョチという、これこそは浅草だけにしか無い、不思議な食いものがあった。台湾産の植物からつくったとかいう、ところてんの如き、怪しげな、食いもの(というより飲みものに近い)だった。愛玉只と書いて、オーギョチと読むんだから、よほど不思議なことがお分りだろう。震災後は見かけたが、今はない。 そのオーギョチの、何とも形容出来ない、甘ずっぱい味を、ふと思い出すことがある。 みつ豆の舟和も古い。芋ようかん、あん玉の舟和、これは今日まで続いている。 仲見世ま
古川緑波
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