古川緑波 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
亡くなられた菊池寛先生に、初めてお目にかかったのは、僕が大学一年生の時だから、もう二十何年前のことである。 当時、文藝春秋社は、雑司ヶ谷金山にあり、僕はそこで、先生の下に働くことになった。 初対面後、間もなくの或る夕方、先生は僕を銀座へ誘って、夕食を御馳走して下さった。 今尚西銀座に、ダンスホールとなって残っているエーワン、それが未だカッテージ風の小さな店で、その頃一流のレストオランであった。 学生の身分などでは、そんな所で食事するなど及びもつかないことなので、エーワンへ入ったのは、これが初めてであった。 その上、まだ初対面から間もない菊池先生を前にしては、とても堅くなっちまって、どきまぎしていた。 「スープと、カツレツと、ライスカレー。僕は、それだけ。君は?」 「ハ、僕も、そうさして戴きます」 で、スープからカツレツ、ライスカレーと、順に運ばれるのを、夢心地で片っぱしから平げた。 先生のスピードには驚いた。スープなんぞは、匙を運ぶことの急しいこと、見る見るうちに空になる。ライスカレーも、ペロペロッと―― 生まれて初めて食べたエーワンの、それらの料理。そして、デザートに出た、ババロアの
古川緑波
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