堀辰雄 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
一九〇八年の春、伊太利のカプリ島に友人に聘せられて再遊し、その冬獨逸で發した宿痾を暫く療養して居つたリルケは、漸くそれから恢復するや、前年來の仕事を續けるために、五月、四たび巴里に出て來たのであつた。先づ、シャンパアニュ・プルミエェル街十七番地にささやかなアトリエを構へた。彼と殆ど前後して、妻のクララも獨逸から巴里にやつて來た。やはり、此の都で彫刻の仕事をするためにである。しかし、リルケはその妻にすら一週間に一度くらゐしか會はずに、ひたすら自分の仕事に沒頭した。仕事といふのは前年その第一卷を上梓した「新詩集」の別卷を完成せしめる事であつた。先頃の一時的不和からは既に完全に和解してゐたロダンにさへその間はあまり會ひに行かずにゐたらしく、五月十二日付のロダン宛の手紙を見ると、「……不本意にも長いこと何もせずに居りましたので、私はいま、全く一人きりで、自分の仕事と共に閉ぢこもつてゐなければなりませぬ。これまでの數ヶ月といふもの、世間の人達と附き合つて居なければならず、そのため仕事もあまり出來ませんでしたので、私のうちにいままでよりもずつとはつきり目立つて來てゐる孤獨への傾向を、貴方は誰よりも
堀辰雄
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