堀辰雄 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
僕は夢の中で見た本のことを話さうと思ふ。 芥川さんに「本の事」と云ふ隨筆がある。その中に矢張り夢の中で見た本のことが書かれてある。その本と云ふのはの Quarto 版の「かげ草」である。しかしその「かげ草」には鴎外漁史の書畫の寫眞版が載つてゐたり、書簡が出てゐるのである。芥川さんは「この本こそ手に入れば稀覯書である」と云つてその Quarto 版の「かげ草」を欲しがつてゐられる。――僕もこれから話さうとしてゐる、夢の中で見た二三の本が手に入れられたら、どんなに嬉しいであらう。 これは僕が數箇月前に見た夢である。――僕はうす暗い夜店の竝んでゐる通りをぶらぶら歩いてゐた。誰かと一緒であつた。どうもそれが川端康成さんだつたやうな氣もする。古本を竝べた店があつて十錢均一の札が出てゐたが、その時ひよいと菊半裁位の小さな本が僕の目に這入つた。昔、新潮社で出してゐたロシア物の一册らしい。何の氣なしに手にとつて見ると、矢張りドストエフスキイの飜譯小説だつた。が、そのクロオスの黒い背には明らかに「マーチン&マーチン」と云ふ題がついてゐた。 「へえ、こんな小説があつたのかなあ……」僕は川端さんの方を振り向
堀辰雄
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