堀辰雄 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
温泉のあまり好きでない私に温泉のことを何か書けといふのである。何か書けるだらう位に、高をくくつてゐたが、いざ書かうとすると、何を書いたらいいのか分らないので、なかなか書き出せない。…… さつきから机には向つてゐるものの、しやうがないので、二三日前に買つてきた Insel 版のゲエテ詩集をあつちこつちめくつてゐる許りである。拾ひ讀みなどをしてゐるのではない。そんなことの出來るほどに私は未だ獨逸語に通じてゐない。唯、その薄い Leinen 紙の指ざはりが、まことに氣持がいいからであるが、そのうち私は(――ここでちよつとその Insel 版は詩が全部年代順に、いい詩も何もかも面白いほどごつちやに、そしてそれを書いた地別にのみ分けて、編纂されてあることを斷つて置くことを許されるといい。)―― Weimar だの、Jena だのの間に Karlsbad とか Marienbad とかいふ土地の名の挾まつてゐるのに目を止めた。これ等はゲエテが晩年に誕生日などを一人で靜かに過ごしに行つた場所である。ことに Marienbad は、ゲエテが最後の戀愛をした土地であることは誰でも知つてゐる。その相手の娘
堀辰雄
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