牧野信一 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
停車場へ小包を出しに行き、私は帰りを、裏山へ向ふ野良路をたどり、待ち構へてゐた者のやうにふところから「シノン物語」といふ作者不明の絵本をとり出すと、それらの壮烈な戦争絵を見て吾を忘れ、誰はゞかることも要らぬ大きな声を張りあげて朗読しながら歩いてゐた。歩く――と云つても朗読の方へ大方の注意を込めてゐたから、一間すゝむと其処に五分間も立ちどまつて、神妙に首をひねつたり、また、思はず胸先に拳を擬し、何時までゝも空を仰いだまゝ、恰も琴の音に仰いで秣喰む馬のやうに恍惚として、口をあけてゐたりするのであつたから――この「歩いてゐた!」には、形容詞や副詞に余程誇張した言葉を選ばなければならないのであるが、私は「私」を「彼」とでも書き変へぬ限り、その亢奮状態を客観視しなければならぬ時になつて見ると、私自身にさへ不自然を感ずる位ひであるから、ほんとうはその亢奮状態を仔細に写すべきが必要なのであるが、止むを得ず省略せずには居られない。何故なら、そんな亢奮状態といふものは、得て客観者にとつて意味なき滑稽感を強ひるではないか? ましてや、私自身が、自身の、あまりに生真面目なあまりに終に滑稽化された己れの姿を、
牧野信一
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