牧野信一 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
「いくら熱心になつたつて無駄だわよ。――シン。鸚鵡だからつて必ず言葉を覚えるときまつてはゐまいし。」 アメリカ娘のFは、さう朗らかに笑つて私の肩を叩いた。足音を忍ばせて彼女は私の背後に近寄つたのだらう、声で、私は初めてFに気づいて振り反つた。 「僕は何もグリツプに言葉を教へようとしてゐたんぢやないさ。」 グリツプと称ふのはFが飼つてゐる此の鸚鵡の名前である。 「お前はまア何といふ嘘つきだらう! 教へようとなんてしてゐないツて? 妾はさつきからちやんと鍵穴から覗いて見てゐたんだよ。お前はグリツプの前で、指を出したり、顔を顰めたり、独り言を呟いたり、疳癪を起して二ツの拳を震はせたりしてゐたぢやないか! 今日ばかしぢやない。きのふもおとゝひも、いや一週間も前から毎日毎日! さア白状なさい、何といふ言葉をお前はグリツプに教へようと試みてゐるんだか!」 「僕は芝居がゝつた言葉や動作のとりやりが何よりも嫌ひな性分なんだ。子供の時から犬一匹飼つたことのない者だ。鸚鵡に言葉を教へようなんていふ可愛らしい心は僕は持たないよ。」 私はこの上ツ調子の態度が気に喰はなかつたので、子供の時犬を飼はなかつたわけぢ
牧野信一
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