牧野信一 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
晴、午後に至りて風強し。頭あがらず。七時八時九時と時計を見入つて登校の思ひに急がれるばかりだがいよ/\もうブラッデイ氏の講義に間に合はぬとあきらめたら再び熟睡に落ちて十二時に醒めた。信一の夢を見ること切りなり。余は二度と故山の土を踏まざる考へを胸底深く秘め居れども子を思ふと決心も危ふし。彼既に四才なり。幸ひであれ。二日酔とは話には屡々聞きたるも斯程苦しきものとは思ひ掛けざりき。毒杯なるかな。爾後如何なる機会に相遇せんも断じて酒盃を執るまじ。夕刻ブラッデイ氏帰校の途中来訪せらる。氏の温情は東方の遊子の心を慰さむること夥し。氏なからんか余は到底この寂寞に堪へざるべし。トムソンとハリーが飲酒事件を発見されて譴責処分を享けたる由。然らば余もその同罪なればその由ブラッデイ氏に申出でたるに何故か氏は余の言をとりあげざりし。反つて一個の土産包みを贈らる。開きて見よとすゝめらるゝまゝに紐を解くと空色のソフト帽なり。氏に伴れられてアルバート・グリルへ赴く。恩師の温情深き帽を載き悪気分一掃吾ながら驚くべきおしやべり。氏に別れるやいなや自転車を飛してトムソンを訪問。折好くハリーも来訪中なりしが二人はトムソン
牧野信一
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