牧野信一 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
羽根蒲団の上に寝ころんでゐるやうだ――などと私は思つたくらゐでした。紫色をした大島が私の網膜に「黒船」か何かのやうに漂うて映りました。――午頃まで、このまゝ眠つてやらうかしら……などとも私は思つたりしました。 春先で、思ひきり好く晴れた朝の海辺なのです。――もう、かれこれ二時間も前から私は、渚の暖い砂の上で退屈な、然し極めて快い愚考に自ら酔つたまゝ、思ふさま胸を拡げて大の字なりにふんぞりかへつてゐるのです。その私の肉体は単に空ろな、たゞ一寸軽い頭の爽々しさだけを自分だけで意識してゐる一個の物体に過ぎません。 漁の舟はすつかり出払つて了つて、浜のいちばん静かな刻限です。はるか向うで背中を丸くした老人が網を繕つてゐました。そのうしろで小さな赤犬が一匹何か切りにはしやいでゐるのが見えました。 「独りで凝とこの儘かうしてゐたい。」 私はさう思ふと、ふと、かうして凝としてゐるのがイヤになりました。何だか殊更に閑寂を悦ぶ、といふ風なキザさ加減が可笑しくなつたのです。然しそれも亦私の愚かな虚栄心です。何故なら、全く私の意識はかうしてゐることの方にはるかに満足を感じて居りました。……結局、私は自分勝手
牧野信一
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