牧野信一 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
窓下の溝川に蛙を釣に来る子供たちが、 「今日は目マルは居ねえのか。」 「居ないらしいぞ。」 などと、ささやき合つてゐるのを聴いた。 さういふ俗称の蛙がゐると見える、いつたい何んな蛙の謂なのか――と私は、読みかけてゐた本を顔の上に伏せて、蚊帳のなかで耳をそばだてた。二三日前に押入の隅から取出した幼児の褓※蚊帳だつた。この貸家の先住者が忘れて行つたものらしい。洋傘の式で紐を引くと、四ツ手網のやうにパツと拡がるのであつた。川トンボの模様が薄墨色で描かれ、水のすがたが乙字型に流れてゐる。私は、稍々ともするとこんな蚊帳をかむり、手脚を極端に縮めながら、不可能なる夢と争つた。 ……「やあ、目マルは寝てゐるんだよ。」 「ほんたうか……」 「水鉄砲でおどかしてやらうか。」 声だけで私は、あれは岡本屋の倉だ、鍛冶屋の庄だ、酒倉の伝だ――と聴きわけられるのだ。普通に、このあたりでは人の名前を一字に略して呼び、敬称は付け足さず、或ひは仇名が平気で通用してゐた。いつも私は、蛙を苛める子供たちを見つけると、窓から半身を乗り出して大声で呶鳴るのであつた。それ故、村のいたづら子たちとは、次第に敵味方で、彼等は机の前
牧野信一
翻訳状況
待機中ログイン後に翻訳をリクエストできます。
よくある質問
Yes — completely free. This book is in the public domain, so Pagera offers the full text without payment or account requirement. Pagera is funded by advertising.
無料でご利用いただけます
会員登録なしですぐに読み始められます。さらに多くの書籍と機能は無料会員登録後にご利用いただけます。