牧野信一 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
“I chatter, chatter, as I flow To join the brimming river, For men may come and men may go, But I go on for ever” ……………… うたでもうたつてゐないと絶え入りさうなので、私はあたりの物音を怕れながら、聴心器のゴム管で耳をおさへ、自分で自分の鼓動に注意するのであつたが、やがては川の流れの無何有に病らひもなく夢もなく消えてしまひさうだつた。 長い間のあらくれた放浪生活のなかで、私の夢は母を慕ふて蒼ざめる夜が多かつた。母の許へ帰らねばならぬと考へた。 私は心悸亢進症の患者であつた。その回復を待つて出発のつもりなのに、それらの蒼ざめた夜の圧迫は、その症状に嶮しい拍車をかけて止め度がなかつた。 私は傴僂の格構で、空々しく、鳥の標本をつくるより他に能がなかつた。 池のふちで気たゝましい鵞鳥の悲鳴と同時に銃声が響きわたつたので、私は拵えかけの鳥の剥製を抱えたまゝ窓から乗り出して見ると、唱(妻)が川縁の猫柳の根元を狙つてゐた。 「当らなかつたの?」 「…………」 唱は見向きもしなかつた。
牧野信一
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