牧野信一 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
何や彼やと毎日のことばかりに追はれて、ついついお手紙さへも書きおくれて居りましたこと、どうぞおゆるし下さい。でも、貴女の御容体が日増に御快方に向いてゐる由をうかゞつて安心いたしました。この分なら、私達がそちらへうかゞへる頃までには、すつかりお丈夫になるだらうなどと考へて、あれこれと楽しい空想にばかり耽つて居ます。水着や浮袋やサンド・パラソルを本日お送りいたしておきました。水着は三枚いれました。その中から貴女のお気に召したのを選んで置いて下さい。浮袋は勿論私だけの必要品ですわ、今年こそは貴女にクロールを教へて戴かなければなりません――屹度、屹度それまでには爽々しい水着姿の貴女の御様子を拝見出来るものと祈つて、そんなものをとりそろへたのです。楽しい空想ほど心を躍らせるものはありません。いゝえ、もう空想だけで充分で、ほんたうは海へなんて入りたくはありませんの。貴女の健やかなお姿を夢見る私の心のおしるしなんですもの。庭の片隅にでも、そのパラソルを立てゝ、お話でも出来ればそれで充分ですわ。 来月に入ると間もなく兄様は一週間の休暇がとれるさうで、そしたら直ぐに皆なでそろつて出かけることに決めて居る
牧野信一
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