正岡容 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
私は下谷練塀小路河内山宗俊屋敷に誕生した故であらう、かの市井無頼の遊侠徒たる河内山に対して平常並々ならぬ好意と親愛の情をおぼえないわけには行かない。されば戦前戦中、また戦後の今日も屡々私は青山高徳寺にその墓を掃つてゐる。高徳寺はかの梅窓院の向ふ横即ち青山電話交換局の建物に副つて右折、さらに西へと一、二丁入つた右側の寺である。この寺のやゝ手前左側にはかの鈴木主水(百度と門前案内の石標には刻されてあつた)の菩提所もあつたが、今次の兵火にその石標の方は砕けてしまつたものと見えて已になかつた。もちろん高徳寺とて嘗ての三葉葵の紋どころ燦然と破風づくりの大屋根にかゞやかしてゐた崇高な本堂は最早再び此を仰ぐ可くもないが、門内右側の東京著名講談師たちに拠つて寄進された河内山宗俊の碑とその墓石が全きを得たことはせめてもの倖としなければなるまい。殊に私はこの石碑を打眺めるたびに太だ好感情を禁じ得ないことは典山文慶のやうな世話物の妙手にこの企のあるは当時としても、貞山、馬琴、如燕、若燕、南龍のごとき「天保六花撰」をば未だ嘗て一とくさりだに高座で読んでゐない人々が共にこの建碑に出費してその名を列ねてゐると云ふ
正岡容
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