正宗白鳥 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
例年の如く、晩秋のこの頃は、黄ろい葉や紅い葉で色取られて、箱根の山は美しい。この山に限らない、何處の山でも何處の田舍でも、秋は美しいに違ひない。 晴れ切つた、風のない空に、烏が幾羽も浮んでゐる。 山中でも温かい日盛りの午後の二時頃。 一人の男と一人の女とが、宮ノ下の電車の停留所へ、足早に坂を登つて來た。彼等の乘つた二等室には、他には乘客がなくつて借し切り見たいであつた。 この二人はさう美しい人間ではなかつたが、目鼻立ちが小奇麗であつた。男は面長で痩形で、若いくせに寒がりらしく、厚ぼつたい温かさうな外套を着てゐたが、腕には力があるのか、可成りに大きな鞄を輕々と提げてゐた。その鞄には、彼等の昨夜の宿を示してゐる塔ノ澤××樓の札がついてゐた。 「箱根では何處が一番美しかつた?」と、車内の席に腰を落着けてから、男は訊いた。その聲は澄んでゐて、柔しくもあつた。 「今通つて來た所は、隨分奇麗だつたわね。」と、可愛らしい小柄な女は、柄に似合ない凜とした聲で答へた。彼女はコリ/\した地質の、色合ひのけば/″\しくない、年よりも地味な者を薄く着てゐた。 「宮城野の村がよかつたね。山よりも、柿の生つてる百
正宗白鳥
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