正宗白鳥 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
大至急話したいことがあるから、都合のつき次第早く來て下さいといふ母方の祖母さんの手紙を見ると、お梅はどんな大事件かと、夕餐の仕度を下女に任せて、大急ぎで俥に乘つて、牛込から芝の西久保まで驅け付けた。潛り戸を入つて敷石傳ひに玄關へ行くまで、耳を澄ましたが、家の中は何時ものやうにひつそりしてゐた。 一聲案内を乞うたが、誰れも出て來ないので、お梅は遠慮なしに上つて、客間を通つて茶の間へ入ると、其處には祖母が只一人、長火鉢に手を翳してぼんやりしてゐた。 「まあ早く來てお呉れだつたね。」と云ふが早いか、祖母は大きな目に一杯涙を浮べた。 「祖母さんどうしましたの。」お梅は訝しげに祖母の顏を見詰めた。凜としたその顏も會ふたびに萎れて來るやうに思はれて痛々しくなつた。 「雪のことでお前困ることが出來たのだよ。知つての通り、私の方では用心の上にも用心して、間違ひのないやうにしてゐたのに、私も今度といふ今度こそ自慢の角を折られたよ。」 「へえ。雪ちやんがどうしましたの。」 「この一月から勝手に家を出てゐるんでね。そんな不量見な女はどうならうと私も構はないと先日きつぱり言ひ切つて來たのだけれど、折角丹精して
正宗白鳥
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