水野仙子 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
輝ける朝 水野仙子 さうだ、私はそれを忘れないうちに書きとめて置かう。この輝いた喜の消え去らぬうちに、このさわやかな心持のうすれゆかぬうちに……私はこの朝の氣持を、決して忘れる事はないであらうけれども、だからといつて書きとめて置く事の決して無益なことではあるまいと思ふ。却つて私の病に於ける無爲の時間が、その爲に生きこそはしても。 それは昨夜のことであつた。……いや私は先づいきなりその事に筆を進める前に、ついでだから少し自分のこの頃の状態をも記して置かう。 日記を怠つてからもう七年になる。もし私がこの世から消え去つたならば、極めて少數の人に送つた手紙以外には、私自身の直接に觸れた生活は、その斷片をも人に窺はれなくなるであらう。(嘗て丹念につけたことのある日記も今はすべて燒いてしまつた。)そしてそれでいゝのだ。私といふ者がないあと、私に關したすべての事は消え去れ! 私は遺して置かなければならぬ何物をも持つてゐないと信じてゐる。そしてそれは一番己を知つた言葉だと思つてゐる。私は別に豪い人間でも、感心な人物でもない。人は別に私の生ひたちやその履歴を必要としないであらう。だからこそ私は氣安くその
水野仙子
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