Vol. 2May 2026

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平野義太郎宛書簡 07 一九三二年九月八日

野呂栄太郎

御手紙拝見仕りました。いろいろと御尽力を感謝申し上げます。編集会議の模様についてはその都度井汲君から伺っています。 小倉氏の自然科学史に岡氏が協力する点については岡氏の政治的立場(というよりは氏の周囲の政治的傾向)から判断して、私は最初から危虞の念をもっており、羽仁氏や貴下にも多分その意をもらしたように記憶しております。で、もし、自然科学史が殆んど岡氏によっ

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平野義太郎宛書簡 08 一九三三年三月

野呂栄太郎

その後は講座のことも、四半期報のことも全く放棄の形で何とも申訳ございません。またまた十日ばかり前から盲腸炎を再発致しましたので、また当分絶対安静を余儀なくされてしまいました。講座及び「資本論」の方何卒よろしく御願いします。私担当分の講座原稿は一応の準備ができておりますから臥床中執筆、第六回配本に間に合わすよういたします。 なお帯刀貞代氏(旧姓織本氏)から同封

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平馬と鶯

林不忘

平馬と鶯 林不忘 鶯の宿 麗かな春の日である。 野に山に陽の光が、煙のように漂うのを見るともなしに見ながら、平馬は物思いに沈んで歩いていた。振り返ると、野路の末、雑木林の向うの空に、大小の屋根が夢の町のように浮んで、霞に棚引いているのが見える。平馬の藩である。行手にもまたほかの町が見えていたが、平馬はべつにそこへ行くためにこの春の野の一本道を辿っているわけで

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年ちゃんとハーモニカ

小川未明

年ちゃんの友だちの間で、ハーモニカを吹くことが、はやりました。はじめ、だれか一人がハーモニカを持つと、みんながほしくなって、つぎから、つぎへというふうに、買ったのであります。けれど、みんなは、それを吹き鳴らすことを覚えないうちに、やめてしまったけれど、年ちゃんだけは、べつに教わりもせずに、いろいろの歌を吹けるようになりました。 「学校のことが、そういうふうに

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年始まはり

三遊亭円朝

年始まはり 三遊亭円朝 私は昨年の十二月芝愛宕下桜川町へ越しまして、此春は初湯に入りたいと存じ、つい近辺の銭湯にまゐりまして「初湯にも洗ひのこすや臍のあか」といふのと、「をしげなくこぼしてはいる初湯かな」と二句やりました。板の間には余り人が居りませぬで、四五人居りました。此湯は昔風の柘榴口ではないけれども、はいる処が一寸薄暗くなつて居ります。板の間に留桶を置

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年譜 世界文学大系58 カフカ

原田義人

一八八三年 七月三日、当時オーストリア帝国領であったプラーク(現在のチェコ首都プラハ)に生まれる。一家はチェコ土着のドイツ語を使うユダヤ系商人であった。父ヘルマン・カフカはシュトラコニッツ在の小村に生まれ、奮闘してプラークで手広く小間物卸商を営むにいたった人物。この父は、生来敏感でこまやかな気質のフランツの感嘆の的であったが、同時に嫌悪と違和感をも抱かずには

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年賀状

寺田寅彦

年賀状 寺田寅彦 友人鵜照君、明けて五十二歳、職業は科学的小説家、持病は胃潰瘍である。 彼は子供の時分から「新年」というものに対する恐怖に似たあるものを懐いていた。新年になると着なれぬ硬直な羽織はかまを着せられて親類縁者を歴訪させられ、そして彼には全く意味の分らない祝詞の文句をくり返し暗誦させられた事も一つの原因であるらしい。そして飲みたくない酒を嘗めさせら

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年頭雑感

北条民雄

思へばここ数年来、年あらたまる毎に私の生活は苦痛を増すばかりであつた。十七の春、小林多喜二氏の「不在地主」を読んで初めて現実への夢を破られた私は、それ以来愚劣な人生と醜悪な現実を友として過して来た。夢は遠く消え失せ、残つたものは冷い鉄くづや、何の役にも立たない石ころばかりであつた。そしてエントロピーが極大限に達した瞬間を想像しては、にやにやと笑ふのであつた。

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幸坊の猫と鶏

宮原晃一郎

幸坊の猫と鶏 宮原晃一郎 一 幸坊のうちは、ゐなかの百姓でしたから、鶏を飼つてゐました。そのうちに、をんどりはもう六年もゐるので、鶏としては、たいへんおぢいさんのはずですが、どういふものか、この鳥にかぎつて、わか/\しくしてゐました。まつ白な羽はいつも生えたてのやうに、つや/\して、とさかは赤いカンナの花のやうにまつ赤で、くちばしや足は、バタのやうに黄いろで

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幸徳秋水と僕 ――反逆児の悩みを語る――

木下尚江

一 君よ。明治三十四年、僕が始めて社会党の創立に関係した時、安部磯雄、片山潜の二君は、年齢においても学識においても、長者として尊敬して居たが、親密な友情を有つて居たのは、幸徳秋水であつた。彼は僕より二つ年下であつた。幸徳を友人にしてくれたのは石川半山だ。 僕がまだ二十代で、故郷で弁護士をして居た時、石川は土地の新聞主筆として招かれて来た。彼が好んで自分の師友

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幸田文さんと神仙道

中谷宇吉郎

私は、小林勇君につれられて、二回ばかり小石川のお宅へ伺い、露伴先生にお目にかかったことがある。文さんにも、その時初めて会った。 露伴先生は、科学に非常に興味をもたれ、というよりも、先生自身が高次元の科学者であったという方がよいかもしれないが、私などの話にも、熱心に耳を傾けられた。その話は『露伴先生と科学』に一度書いたことがある。 私には、露伴先生が、明治以後

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幸福

島崎藤村

「幸福」がいろいろな家へ訪ねて行きました。 誰でも幸福の欲しくない人はありませんから、どこの家を訪ねましても、みんな大喜びで迎えてくれるにちがいありません。けれども、それでは人の心がよく分りません。そこで「幸福」は貧しい貧しい乞食のような服装をしました。誰か聞いたら、自分は「幸福」だと言わずに「貧乏」だと言うつもりでした。そんな貧しい服装をしていても、それで

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あとがき(『幸福について』)

宮本百合子

あとがき(『幸福について』) 宮本百合子 私たち日本の女性が今日めいめいの生活にもっている理想と現実とは非常に複雑な形で互に矛盾しからみあっている。しかもその矛盾や葛藤の間から、私たちの二度とくりかえすことのない人生の一日一日が生み出され、歴史は発展しつつある。 今日すべての人々が困難に感じていることは何だろう。それは現実があまり切迫して、早い速力で遷って行

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ある幸福

マンパウル・トーマス

静かに! ある魂の中をのぞいて見ようと思うのだ。まあいわば大至急で、通りすがりに、ほんの五六ペエジの長さだけだが。なにしろわれわれはおそろしく多忙なのだからね。フロレンスから、古い時代から、われわれはやって来たのだ。あっちでは、最後の厄介な事件が持ちあがっている。それが片づいたら――さあどこへ行くかなあ。宮廷へでも、どこかの王城へでも行くか――誰が知ろう。ふ

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幸福を

今野大力

おお我胸の苦しさよ 幸福は失われた おおそうだ、幸福は 輝き渡るかなたの山より 朝日の出づると共に 潮のように寄せて来た 然し幸福は私の手元にいる事を拒んだ、又引潮のように 夕べには次第々々に失われていった 私は考えている 失われた幸福の 私を避けた理由を 私は青ざめている 不幸にみいられて 苦しい事もかなしい事も みんな私をなやませて 一息の安らかな 呼吸

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幸福について

宮本百合子

幸福について 宮本百合子 私たちが日頃、一番求めているのは、何かといえば、それは幸福であるとおもうのです。 あなた方は、みんなお若い方たちでいらっしゃるし、毎日生きていらっしゃる限り希望というものを、どこかに追求していらっしゃる。家庭で食べもののこまかいことをいう時もございましょうけれども究極するところは、やっぱり幸福に生きて、幸福に働いて、そして一生を終り

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幸福のために

宮本百合子

幸福のために 宮本百合子 いよいよ、四月十日も迫って参りました。私たち二千九十一万余人の婦人有権者は、生れてはじめて、自分たちの政治のために、一票を投じる日を迎えることとなりました。 婦人ばかりでなく、男の方たちにしろ、今度の選挙に対しては、これまでと全く違うこころもちでいらっしゃるでしょうと思います。御自分の一票が、日本のこの有様をどう変えて行くだろうか、

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幸福のなかに

佐藤春夫

これが第六回目の年男であろうか。あともう二回ぐらいは年男になれそうな気もするがあと三回はむずかしいかも知れない。 明治二十五年壬辰の四月九日はどんないい星まわりの日であったか、わたくしは森羅万象から美を見いだす能力を与えられ、また師友や家族のすべての愛情の中に生きることのできるのは、われながら、よほど祝福された身の上と思う。去年は偶然にも紅葉の美を満喫したか

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幸福のはさみ

小川未明

正吉は、まだお母さんが、ほんとうに死んでしまわれたとは、どうしても信じることができませんでした。 しかし、お母さんが、もうこの家にいられなくなってから幾日もたちました。正吉はその間、毎日お母さんのことを思い出しては、さびしい日を送りました。彼は子供心にも、もうお母さんは死んでしまわれたので、けっしてふたたび帰ってこられないと思いながら、やはりまったく死んでし

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幸福の建設

宮本百合子

幸福の建設 宮本百合子 今日のこの場所は割合にせもうございますけれども、この前の第一回の時においで下さいました方は、よくくらべればおわかりになるでしょうが、この場所は何かクラブの集まりの場所には気持がよいと思います。今に皆さんもっと大ぜいおいでになるとちょっと場所がせもうございますけれども、今日のようだとあまり話す人とお聴きになる方との距離がない、いわば同じ

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幸福の彼方

林芙美子

幸福の彼方 林芙美子 一 西陽の射してゐる洗濯屋の狭い二階で、絹子ははじめて信一に逢つた。 十二月にはいつてから、珍らしく火鉢もいらないやうな暖かい日であつた。信一は始終ハンカチで額を拭いてゐた。 絹子は時々そつと信一の表情を眺めてゐる。 長らくの病院生活で、色は白かつたけれども少しもくつたくのないやうな顔をしてゐて、耳朶の豊かなひとであつた。顎が四角な感じ

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幸福への意志

マンパウル・トーマス

老ホフマンはその金を、南アメリカの耕地の持主として、儲けたのであった。彼地で家柄のよい土着の娘と結婚してから、まもなく妻を連れて、故郷の北ドイツへ引き移った。二人は僕の生れた町で暮していた。ホフマンのほかの家族たちも、そこに住みついていたのである。パオロはこの町で生れた。 その両親を僕は、しかしあまりよく知らなかった。が、ともかくパオロはお母さんに生き写しだ

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幸福の感覚

宮本百合子

幸福の感覚 宮本百合子 幸福というものについて、おそらく人間は永久に考えるだろうと思う。いろんな時代がこれから人類の歴史にもたらされて、その内容は、きょう生きている私たちの文明の程度では予想もしなかったようなものにもなるだろう。そういう時代が来ても、人間はやはり幸福ということについて考えることをやめまい。 けれども、現在女の幸福という特別の関心でふれられてい

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