弟子自慢
佐藤垢石
私に、どこかうまい釣場へ連れて行ってくれと申し込んでくる人があると、私はその人を自分の弟子の数のうちへ勘定する。だから私に師匠顔されるのを嫌だと思う人は、私のところへ同行を申し込んでこない方がいい。 しかし、そうであるからと言って、無闇に私は先生顔をする訳ではないのである。君、僕は人に釣方を教えたり、うまい釣場へ案内したりする程釣は上手じゃないのだよ、誤解し
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佐藤垢石
私に、どこかうまい釣場へ連れて行ってくれと申し込んでくる人があると、私はその人を自分の弟子の数のうちへ勘定する。だから私に師匠顔されるのを嫌だと思う人は、私のところへ同行を申し込んでこない方がいい。 しかし、そうであるからと言って、無闇に私は先生顔をする訳ではないのである。君、僕は人に釣方を教えたり、うまい釣場へ案内したりする程釣は上手じゃないのだよ、誤解し
徳富蘇峰
皆様、兄が弟を葬ると云ふ事は極めて不自然な事であります。又た其葬る場所に於て、兄が弟に就てお話をすると云ふ事も、恐らくは不自然の事であらうと思ひます。併し私が茲に一言申しますことは、単に御座なり義理一片の弔辞ではないのであります。茲に立ちまして、弟の遺骸の前に立ちまして、併せて皆様の前に立ちまして、一言申しますることは、是は弟の志であらうと思ひます。 弟は死
長塚節
彌彦山 長塚節 新潟の停車場を出ると列車の箱からまけ出された樣に人々はぞろ/\と一方へ向いて行く。其あとへ跟いて行くとすぐに長大な木橋がある。橋へかゝつてぶら/\と辿つて來ると古傘を手に提げた若者が余の側へ寄つて丁寧な辭儀をして新潟はどちらへお泊りですかと問うた。彼は宿引であつたのだ。何處といふことはないが郵便局へ用があるのだから其方へ行かねばならぬと斷る積
北大路魯山人
弦斎の鮎 北大路魯山人 毎年のことながら、春から夏、秋と昔からいう年魚の季節となる。 わたしの舌は、あゆを世間で騒ぐほどうまいものだとは思っていないが、なんとなし高貴な魅力があってうれしいものだ。川魚のうちではあゆが有数の美味であること、それに優美な姿であることにもちろん異存はない。なんといっても四月から当分の間、あゆが王座を占める一つの理由は、この季節には
太宰治
弱者の糧 太宰治 映画を好む人には、弱虫が多い。私にしても、心の弱っている時に、ふらと映画館に吸い込まれる。心の猛っている時には、映画なぞ見向きもしない。時間が惜しい。 何をしても不安でならぬ時には、映画館へ飛び込むと、少しホッとする。真暗いので、どんなに助かるかわからない。誰も自分に注意しない。映画館の一隅に坐っている数刻だけは、全く世間と離れている。あん
新美南吉
新美南吉:張紅倫 張紅倫 新美南吉 一 奉天(ほうてん)大戦争(一九〇五年)の数日まえの、ある夜中のことでした。わがある部隊の大隊長青木少佐は、畑の中に立っている歩哨(ほしょう)を見まわって歩きました。歩哨は、めいぜられた地点に石のようにつっ立って、きびしい寒さと、ねむさをがまんしながら、警備についているのでした。 「第三歩哨、異状はないか」 少佐は小さく声
小川未明
ある国に、戦争にかけてはたいへんに強い大将がありました。その大将がいる間は、どこの国と戦争をしても、けっして負けることはないといわれたほどであります。 それほど、この大将は知略・勇武にかけて、並ぶものがないほどでありました。それですから、よくほかの国と戦争をしました。そして、いつも勝ったのであります。 あるとき、隣の国と戦争をしました。それは、いままでにない
岸田国士
強ひられた感想 岸田國士 文学といふものを専門的なものと考へる理由は十分にあるが、また、これを専門的なものではないと考へる一面がある筈である。 専門家にしか興味のないやうな文学と、専門家には興味がないやうな文学(?)とが截然と別れてゐるところに、わが国現代文化の特殊性があるとみて、私は、今日のわれわれの仕事といふものの困難を、つくづく感じるのである。 個人々
豊島与志雄
強い賢い王様の話 豊島与志雄 むかし印度のある国に、一人の王子がありました。国王からは大事に育てられ、国民からは慕われて、ゆくゆくは立派な王様になられるに違いないと、皆から望みをかけられていました。 ところが、この王子に一つの癖がありました。それは、むやみに高い所へあがるということでした。庭で遊んでいると、大きな庭石の上に登って喜んでいますし、室の中にいると
萩原朔太郎
ぎたる彈く、 ぎたる彈く、 ひとりしおもへば、 たそがれは音なくあゆみ、 石造の都會、 またその上を走る汽車、電車のたぐひ、 それら音なくして過ぎゆくごとし、 わが愛のごときも永遠の歩行をやめず、 ゆくもかへるも、 やさしくなみだにうるみ、 ひとびとの瞳は街路にとぢらる。 ああ いのちの孤獨、 われより出でて徘徊し、 歩道に種を蒔きてゆく、 種を蒔くひと、
宮沢賢治
セロ弾きのゴーシュ 宮沢賢治 ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。けれどもあんまり上手でないという評判でした。上手でないどころではなく実は仲間の楽手のなかではいちばん下手でしたから、いつでも楽長にいじめられるのでした。 ひるすぎみんなは楽屋に円くならんで今度の町の音楽会へ出す第六交響曲の練習をしていました。 トランペットは一生けん命歌っています。
清水紫琴
当世二人娘 清水紫琴 その一 女学校これはこれはの顔ばかりと、人の悪口にいひつるは十幾年の昔にて、今は貴妃小町の色あるも、納言式部の才なくてはと、色あるも色なきも学びの庭へ通ふなる、実に有難の御世なれや、心利きたる殿原は女学校の門に斥候を放ちて、偵察怠りなきもあり、己れ自ら名のり出て、遠からむものは音にも聞け、近くは寄りて眼にも見よと、さすがにいひは放たねど
坂口安吾
当世らくがき帖 坂口安吾 会津先生。 近ごろ東京で、先生が社長で、僕が編輯長の新聞が新潟に現れた由、口うるさい連中が騒いでゐます。本当にそんな新聞ができたら、恐らく一世をフウビするでせう。いづれ、そのうち本当にやらうではありませんか、呵々
平林初之輔
はじめの方は、私にはそうとう読みづらかったが三分の一くらいまでくるとだんだん面白くなって、ついひきずられて読んでしまった。なかなか手にいった書きかたで、作者の並々ならぬ手腕を偲ばせるところもあるが、私は、主として不満に感じた点だけをならべる。 まず全体の筋が「あやかしの皷」につきまとう、因果ばなしめいた一連のお噺であるのが、私にはもの足りない。皷の「崇り」な
太宰治
こんど、國民新聞の短篇小説コンクールに當選したので、その日のことを、正直に書いて見ようと思ふ。私は、ことしのお正月に、甲府の人と平凡な見合ひ結婚をして、けれども私には一錢の貯金も無し、すぐに東京で家を持つわけに行かなかつた。家の敷金として、百圓くらゐ用意しなければならぬし、その他家財道具一切を買はなければならぬし、そのためには、どうしても、もう百圓は必要であ
豊島与志雄
彗星の話 豊島与志雄 一 むかし、ギリシャの片田舎に、ケメトスという人がいました。小さい時に両親を失って、お祖父さんの手で育てられていましたが、非常な乱暴者で、近所の子供達と喧嘩をしたり、他人の果樹園に忍び込んで、林檎や無花果の実を盗んだり、野山を駆け廻ったりして、その日その日を遊び暮らしていました。 お祖父さんは非常に心配して、いろいろ言い聞かせましたけれ
折口信夫
文法上に於ける文章論は、非常に輝かしい為事の様に見られてゐる。其が、美しい関聯を持つて居る点に於いて、恰、文法の哲学とでも言ふ様に、意味深く見られてゐるやうだ。私は常に思ふ。文章論は言語心理学の領分に入れるべきもので、文法から解放せられなければならない。文法は結局、形式論に初つて形式論に終る事を、覚悟してかゝらなければならないのである。総ての学問のうちに、最
豊島与志雄
形態について 豊島与志雄 或る一つの文学作品中の主要人物について例えば五人の画家にその肖像を描かせるとすれば、恐らくは、可なり異った五つの肖像が得られるだろう。この五つの肖像が必然的に似てくるようなもの――実在の人物をモデルとする五つの肖像が互に似てくるようなもの――そんなものは、作品の中には余り存在しないのである。もしもそういうものが存在するとすれば、場所
今野大力
生命形象の末路にこそ われは華やかなる讃美を贈らんかな 生長に太りゆく肉体と自然 それら皆空々無色の透明体となり 精霊のみあれよ 而して無用なる形態一切は 生れ出でし日の永劫記念に 神前の土深く 埋葬し献ぜんかな ●図書カード
高村光太郎
ミケランジェロの彫刻写真に題す 高村光太郎 ミケランジェロこそ造型の権化である。 造型の中の造型たる彫刻は従ってミケランジェロの生来を語るものであり、ミケランジェロの他の営為――土木、建築、絵画、詩歌の類はすべて彼の彫刻家的幽暗の根源から出ている。彼の眼に映ずる世界は一切彫刻的形象としてうけ入れられ、彼の精神の訴は一切彫刻的形象の様相を以て語られる。此の場合
荻原守衛
彫刻家の見たる美人 荻原守衞 美人彫刻家として有名なのはまづ佛蘭西の、ゼロームを推さねばなるまいが、其彫刻は矢張り端麗とか、優美とかに重きを置いたクラシカルのもので、美人を其まゝ美人として現はしたものは希臘の昔に溯らねばならぬ。希臘には雄壯なることアポロのやうなものもあるが、又ミローや、メディスのヴィナス、デアナの如うな美しい女神もある。 さて斯かる美人を彫
豊島与志雄
影 豊島与志雄 叔父達が新らしい家へ移転してすぐに、叔父は或る公務を帯びて、二ヶ月ばかり朝鮮の方へ旅することになりました。勿論この旅行は前から分っていましたが、その出発の間際に、前々から探していた適当な貸家が見当ったので、慌しく其処へ引越して、まだ荷物もよく片付かない三日目の朝、叔父は特急の列車で朝鮮へ出発しました。そして新らしい家の中には、叔母と八歳になる
正岡子規
ラムプの影 正岡子規 病の牀に仰向に寐てつまらなさに天井を睨んで居ると天井板の木目が人の顔に見える。それは一つある節穴が人の眼のやうに見えてそのぐるりの木目が不思議に顔の輪郭を形づくつて居る。其顔が始終目について気になつていけないので、今度は右向に横に寐ると、襖にある雲形の模様が天狗の顔に見える。いかにもうるさいと思ふて其顔を心で打ち消して見ると、襖の下の隅
正岡子規
病の牀に仰向に寐てつまらなさに天井を睨んで居ると天井板の木目が人の顔に見える。それは一つある節穴が人の眼のように見えてそのぐるりの木目が不思議に顔の輪廓を形づくって居る。その顔が始終目について気になっていけないので、今度は右向きに横に寐ると、襖にある雲形の模様が天狗の顔に見える。いかにもうるさいと思うてその顔を心で打ち消して見ると、襖の下の隅にある水か何かの